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 痛みを自身から手放さず、耐え続けているヒト。そんな相手の傍に、何もせずに在ることが、彼は昔から苦手だった。  自分では埋められない穴を、どんなヒトも、生きていく内に何処かで抱える。その穴がもたらす誰かの痛みを、彼の五感は我が事のように感じてしまう。  彼の家族からして穴だらけだった。彼が手段を選んでいたら、現在の平穏は存在していない。翼の悪魔に助けられなければ、とっくに死んでいたという形で、彼は己の存在のツケを払ってきたと言える。  彼の平和な生活ぶりにひとしきり満足して、部屋から帰っていった炯は、悪魔らしからぬ情けを残していった。 「オマエみたいに、戦うしかなかった生まれの奴は、この世界ですら沢山いるんよ。だからオマエも、そろそろ過去から解放されて生きていいんだぜ?」  生まれに縛られ続け、人外生物の管理なんてしている鴉夜を横に、炯がそれを言うかと彼は思った。炯だって悪魔という出自に縛られ、自由な行動を制限されている。それでもその生活は、二人には幸せだろうということも、何となくわかった。  その理由をはっきりとは言えない。それなのに二人に会って、とても安堵している彼がいる。同時に何かが酷く痛くて、これはおかしいと感じる自分を、今日は誤魔化すことができない。  のそのそと、布団を畳みながら、燕雨はまた谷空木に振り返る。  これまではその違和感を、観ないでいられた気がする。だから燕雨がここにいて、二人に会うことができた。なのに炯がわざわざ、谷空木の存在に彼の意識を向けた。  それで言えば、炯と鴉夜が連れ立って会いに来たことすら、彼には何かの示し合わせのように感じられた。
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