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 現状に何か、不安や不満があるわけではない。逆に、恵まれ過ぎていることこそが不可解なのだ。どうしてこんなに穏やかな生活を、彼のような咎人が送れるのだろう。  妹を助け出すまでの長い時間に、彼は多くのヒトの命を奪った。乱世であったし、彼も多くの大切なものを奪われた。ヒトは奪い合うものという生き方が、彼の魂には刻み込まれている。こんな暮らしが長く続くはずはないと、他でもない自らが訴えてくるのだ。 「鶫のそばにいた時は……そんなに感じなかったのに……」  ずっと年を取らず、変わらない炯と鴉夜を目にして、どうしても思うことがある。燕雨の成長も同じように止まっているが、ほぼ人間である鶫は、この先年を取っていく。そして何もなければ、燕雨より早く死んでしまう。  瀕死の綱渡りだった以前には、自分がそこまで生きると思っていなかった。けれどもし、今の安定した状態が続くなら、それは避けて通れない問題になる。鶫だけでなく、鶫の周囲にいる友人達も、人間の血だけを持つ妹にも言えることだった。燕雨が大切に思っている者は、ほとんどが皆、いつかは燕雨を置いて必ずいなくなる。  平和だからこそ、余計なことを考えてしまう。水葵や炯、鴉夜は燕雨より長生きするだろうし、両親も頑丈に思える。いなくなる者ばかりではない。  それでも、鶫も友人達も、妹の猫羽もいなくなった世界では、燕雨は何をして生きるのだろう。そのことを不意に、真剣に考えてしまったせいで――  きっとその欠落こそが、この「今」を彼に問う大元だった。  汐音以外に、誰がいるというのだろう。彼の傍らに、ずっと在ってくれるだろう存在は。
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