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 ぽつんと、自分しかいない部屋で立ち竦みながら、呆然としたように燕雨は呟いていた。 「汐音って……誰だっけ?」  そんな名前は、燕雨は聞いたことがない。傍らに在る者、どうして今そう思ったのか、それも全然わけがわからない。  それでもあまりに気になってしまい、普段は直接話さない者にまで、燕雨は疑念を問いかけてしまった。 「(レン)は知ってる? 汐音って、誰だっけ?」  首か腕にいつもかける蝶のペンダントには、燕雨に以前から付き従ってくれている「刃の妖精」が宿っている。燕雨の異世界の言葉を日本でも通じるよう、人間相手に翻訳してくれていて、内助の功も甚だしい妖精なのだが、日頃は直観で大まかに以心伝心ができているため、あえて話しかけないのだ。  刃の妖精は、声に出すほど強い答を求めている燕雨に、少し驚きながらはっきりした意思で応えてくれた。 ――オレには心当たりがないっす。師匠がオレを連れてる時に、会ったヒトの中にはいないはずっす。  予想通りの答に息をつきながら、燕雨は仕事を探しに出るため、いつもはあまり着ない黒い上着を羽織る。 「刃は、今……この状態で、幸せか?」  妖精はずっと、燕雨を支えるだけの時間を過ごしている。燕雨が封印し続けている本来の武器、古い宝剣の切れ味を上げる「力」を持つ妖精は、それも予想通りの返答をけろりとしてきた。 ――そーっすね、師匠がもうちょっと、剣を使って戦闘をしてくれるとベターっすねぇ。この世界は平和過ぎて、オレにはつまんないっす。
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