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 燕雨の生死も危うかった時代を知っている妖精は、燕雨にほとんど無理を言わない。刃の妖精と生まれたからには、立派な剣に宿れているだけで本望らしい。  そろそろ剣の腕も鈍っていそうだ、と燕雨は苦笑しながら、炯に言われたチョーカーを壁掛けから久しぶりに手に取る。  現状の違和感をもう少し糾明するには、結局これを使うしかない。砂漠の雨のような諦観と決意が、奇妙な配合で混じり合っていた。 「今までは、多分……視たくなかったんだろうな……」  そんな不要物は片付けていろと、燕雨からチョーカーを外させたのは水葵だった。帰ってきて見つかったら怒るかもしれないので、仕事に出る前に身に着け、確認してみるしかない。 「でも――気が付いたからには、仕方ないんだ」  「ソレ」はおそらく、ずっと気になる谷空木がぶら下がる、この部屋でしか視ることができない。  最早本能的な直観が、燕雨にその真実を教えていた。それすら「ソレ」にささやかれた神託だったと、この後すぐに、燕雨は悟るところとなる。  ぽろりと口から零れて落ちた、「汐音」という誰かの名前。  他は全て日常の渦の中へ沈められて、接点は最早、谷空木しかない。  周囲にあるものと、勝手に感覚を共有してしまう燕雨の「直観」を後押しし、人外生物への視力を特に上げる黒いチョーカー。自らの空白と向き合う覚悟を決めた燕雨が、それを丁寧に首に巻いたところで……――  そこに浮かび上がったのは、この世界には存在しないはずのもの。  唐突に真っ黒に染まった部屋で、セピア色の谷空木だけが闇の中に垂れ下がり、その花の真下で、闇に熔ける大きな翼を持つ誰かが、燕雨を待っていたのだった。
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