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こうした事態を、全く想定していなかったわけではない。「鍵」の危うさを知っていた悪魔は、きちんと最悪の場合を考えて、切札を手元に残していた。
――ふーんだ。ツバメが反抗期になるなら、オレは猫羽ちゃんでも堕としに行くんだもんねー。
透明の珠とは逆の手に、ずっと携えている小さなPHS。「鍵」が敵となった時には、「鍵」の妹から力を借りると決めていた。
なのにどうしても、妹を呼び出すPHSを使う気が起きない。悪魔と共に歩ませていい相手ではないと、失ったはずのヒトの心が悪魔を縛っている。
この期に及んでためらうのなら、悪魔の甘さは死んでも治らないだろう。
「ま、どうせ……ここには誰も、入ってこれないし……」
最早悪魔には、流れる命と同じように、「錠」である影を収める力もない。人払いの結界の内に侵入できるのは、「鍵」と認めたものか、悪魔本人しかいない。だから切札を呼んでも無駄だと、あっさりと諦める。
「『汐音』がいなきゃ……動くの、面倒くさいし……」
天使に別れを告げた時、同じように死地にいた悪魔は、「できるだけがんばる」と約束をした。そうして辛うじて戻った浮世の余生で、使命より何より、その約束を守りたかっただけだと、安らぎかけている悪魔は悟ってしまった。
使命と約束以外、何もない悪魔自身には、生きることに拘る理由がない。
最近はそれでも、十年ぶりくらいに楽しかった。退屈しのぎとなるヒトを自らの内に生み出したのは、他ならぬ悪魔自身の願いだった。
おそらくまだ、生まれて間もなかったヒトの心。番人である悪魔が抱える、魔の力と聖の力の狭間で揺れる「汐音」は、いつまでも閉じ込めておくべきだったのだろう。
「神」の使徒に連れていかれてしまった以上、健闘を祈るしかない。灰になりかけている悪魔にはもう守ることができない。
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