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黒いセミロングの髪に黒いツーピースと、黒一色の少女は詩乃をまっすぐに見る。憂いを帯びるだけの涼やかな声で尋ねた。
「……ここの結界を、維持している祭司はあなた?」
「……」
祭壇を背に座り込む詩乃は、びくびく頷くことしかできない。
カラスの少女は軽くまゆをひそめ、黒い眼に映る不秩序に対しての審問を始めた。
「どうして人間に、ここまで純度の高い聖域が造れるの? あなたは視た所、聖霊を受けて聖化されたほどの信仰者ではないでしょう」
「……それは……」
「あたしは橘鴉夜。人外生物専門の秩序の管理者。あなたが持つのは本来、畑違いの神秘……言霊による音義の業は、多分讃美歌にも使えるものなんでしょうけど、ここまで強い結界を紡げる祭司には見えない」
少女、鴉夜の言う通りだった。その尊き信仰の真の持ち主は、咎めを受けるかもしれないのに詩乃達を助け、結界まで残してくれた優しい紅い瞳の天使のことだ。
だからこの「神」の使徒は、詩乃を罰しに来たのだろう。もしも詩乃が己の信仰――神に仕える聖域の源であることを示せなければ、人間の沙汰でないこの結界は不秩序だとして壊されてしまう。
結界が壊されてしまえば、これから娘が生きていけるのかがわからない。娘の存在は神の御心に叶うものではないと、証明される事態に感じてしまう。
「そんな……どうか、お赦し下さい、御使い様……!」
「神」の使徒らしき鴉夜が、人払いをしているのかもしれない。叫んでも誰も詩乃の窮状に気付くことはなく、聖堂に駆け付けてくる者はなかった。
ある同い年の子供を持った女性……詩乃と同じように、家族を紅い瞳の天使に救われていた者が、夜遅くに助けを求める非常識な人間でなければ。
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