◆正史過去:青炎;Side R.

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 外に出たまま帰らない彼をそろそろ心配したらしい。船尾の扉の壁にもたれて座る彼の横で、がちゃりとドアの開く音がした。  近付く気配は感じていたので驚かない。現れたのは水色のパーカーに紅いストールを羽織る狼少女で、哀しげな全身で静かに彼を見つめて言った。 「……触れられないよ。今のわたしには、もう実体は持てないから」  物理的にドアノブに触れ、開けることもできているのに、狼少女は実体ではない。桜色の娘が悪魔になったキッカケなのだが、彼女達は先日命を失いかけ、「力」に大幅なダメージを受けた。それでこうして、実体に近い密度を持つことはできるが、真の体を持てるのは桜色の娘だけになったらしい。 「さいですか。ま、今のあんたに触れたらオレ、さすがにロリコンだしな」  実際問題、そんな体力もない。それでも隣に寝られていると落ち着かず、逃げ出す彼に狼少女はいつも憂い気な顔をする。  彼が知った何でも屋とは大分口調が違う。しかしヒトを視通すような目つきは同じで、その悲しげな黒い瞳は、彼の間近に死が迫っていることを示して余りあった。  狼少女が黙って彼の隣に座る。鎖骨くらいの長さで下ろした髪は艶のない漆黒で、これでもかというほどまっすぐだ。この「天龍」を不秩序として排除しようとしている、「悪神」憑きの秩序の管理者を思い出させた。  彼のそんなどうでもいい連想すら察し、勘の良い狼少女はまた喋り出す。 「鴉夜(あや)とは似てて当たり前。今の鴉夜の翼は元々、わたしの一部……鴉夜本来の翼を取り戻さない限り、鴉夜は『悪神』には勝てない」  彼を見ずに、悲しそうに言う。彼とは直接関係のない話題を、どうしてかわざわざ続けて言い始めた。 「シグレが攫われたのは鴉夜のため。今のシグレとわたしは、何も関係がない……わたしのためじゃないよ、烙人」  ぽかん。と彼は、思わず隣をゆっくりと見る。  膝を抱えて顔を伏せている狼少女は、いつになく拗ねた顔付きだった。
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