_3年前

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 鴉夜が顔をしかめて、一瞬で姿を消した。同時に聖堂の扉が開き、この街に来てから親しくしている女性が子供を背負って走り込んできた。 「ごめんね詩乃ちゃん、こんな遅く! ここにいるって旦那さんからきいて! 突然仕事呼ばれちゃって、悪いけどまた夕烏(ゆう)をみてもらっていい!?」 「あ……陽子……さん?」  夫の一家で大事にされている詩乃とは違い、陽子はシングルマザーで苦労している。両親がくれた持ち家があるため生活はできるものの、こうしてよく詩乃に子守りを頼むことがあった。  鴉夜がいなくなった状況を見て、詩乃はまたも、神に救われたような気がしてならなかった。  陽子がこんな時間に来たのは偶然だろうか。いつもは保育所が終わってすぐに来ることが多い。一歳の夕烏も詩乃に懐き、娘と仲良くしてくれる。  祭壇の前に座り込む詩乃に目を丸くした陽子は、夕烏をおんぶしながら両膝をつき、抱える娘ごしに詩乃を覗き込んできた。 「あれ、何か大丈夫、詩乃ちゃん……? 嫌なことでもあった?」 「…………」 「よくわからないけど、大丈夫だよ! うちの天使の夕烏がいたら、すぐに元気が出るよ! って、頼む立場で、こんなこと言っちゃダメよねぇ~」  名前の通り太陽の笑顔を見せながら、陽子が娘を抱える詩乃に両手を回して、ぽんぽん、と背中を叩いてくれた。  確かに陽子の言う通り、夕烏がいればおそらく大丈夫だと本能的に感じていた。鴉夜と夕烏、同じカラスの名を持つ者が来たから、鴉夜は引き下がったように思えてならなかった。  言霊を司る家系の詩乃には、人が口にした言葉は漢字まで大体わかる。「神」の使徒というヒト喰いカラスは「鴉夜」――それを今後忘れることはない。
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