◆正史過去:青炎;Side R.

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 シグレと――炯と関わるな、と彼女は言った。それでも彼を変えられないことを、わかっているとも。  彼の決意は、他ならぬ彼女を想ってのことだからだ。シグレだけでも残すためには、消えゆく彼の鼓動()を受け継いでもらうしかない。そしてこの先、狼少女にはシグレが必要なのだと、彼も感じていた現実を蛇の悪魔は口にした。  ほぼ初対面の蛇の悪魔()を、取引する程度に信頼したのには理由があった。  アレは彼と同じく、女のために運命を狂わされる性質だ。そして同じ悪魔の性を持つ桜色の娘と、狼少女を知っていると言った。狼少女(トウカ)も、桜色の娘(サキ)もその内の悪魔(サクラ)も、消えない未来は存在するのだと。 ――お前さんがサクラを残したいなら、それは正解だと思うぜ。  彼も思っていた。何故今この時に、狼少女が戻って来たのかを。 「……なあ。あんたがオレの前から消えたのは、サキのためだったんだろ」 「……」  寝台の中心で(うずくま)っている狼少女を背に、彼も端に座る。 「サクラがサキになったのがあの時だった。それであんたはヒト型をとれなくなった……オレは今のサクラの方が、本当はよく知ってる気配だ。オレと一緒にいた頃のサキは、サクラだったんだろ」  桜色の娘は、彼が黒い狼女と知り合った頃には、今と同じ薄紅の眼をしていた。伴う霊獣も濃い灰色で、白黒猫を扱う青空の眼で桜色の髪になったのは、狼女が消える時のことなのだ。 「あんたも炯も、サキやシグレを守ろうとしてる。でもオレは、あんたとサクラを守りたい」 「……」 「多分シグレは苦しむから、助けてやってくれ。……勝手は承知してる」  ぴたりと、空気が止まったようだった。音も出さずに、震える狼少女が背中にしがみついた。 「わたしは、もう一度……アナタに、触れたい」  これを置いていくのかと思うと、決意があっさり挫けかけた。  未練だらけなのは悪くなかった。しかし遥か後に彼の願いが、狼少女と旅をする時雨によって覆されることを、この時には知る由もない。 * →時雨と狼少女 https://estar.jp/extra_novels/25709890 910c0247-e6cc-4bd3-aff8-8034bbbfa132
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