虫のような顔の男

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「あなた・・・『雨夜の怪』という話を、ごぞんじですか?」  『雨夜の怪』だって? 「ええ、そうなんです。『雨夜の怪』。ああ、ごぞんじない? いけませんねえ。  つまり、それは、こういう話なんです。  耳嚢(みみぶくろ)、でしたか。ずっと昔の随筆のなかに紹介されておりまして。  そう。  ちょうど、  今みたいに雨が降る夜のことだった・・・」  今みたいに、雨が降っている? ああ、そうだ。たしかに雨は降っている。  自分は傘をさしているし。  あたりは真っ暗だ。  ああ、いや、そうでもない。  そうとも言いきれない・・・。 「お武家と、そのお供とが、雨の降る夜道をね。帰宅しようと急ぎ足で歩いていた。  夜道は心細いもの。まして雨ときたらーー早く帰りたいのは、当然。  ぐずぐずしては、おられない。そうですとも。いけません・・・」  そうとも言いきれない、というのは。  自分のすぐそばを、『大きなモノ』が、疾走してゆくのだ。  それが発する明かりが自分と。  それから傍らで、 『しゃべり続けている誰か』  を、夜闇のなかで浮かび上がらせている。  大きなモノ?  車両だ。いや、自動車じゃない。電車だ。電車が走行している? 「すると。お供の方が、先に『それ』を見つけたとか。  何をですって?  女、ですよ。  女が一人。道に、うずくまっている。  遅い時間だ。雨も降ってる。なのに、傘もささずにねえ。  オカシイと思いませんか? 私なら思いますとも。  ああ、いけません。ひょっとしたら・・・賊かも、しれない・・・」  
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