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この辺一帯は、田んぼを埋め立てて造られた閑静な住宅街だ。新興住宅地の最後の一戸だったらしい。角地が最後に売れ残るのかと首をひねったが、その分値が張ったからだろう。それくらいの優良物件ということだ。最近彼女と別れたばかりの俺とは違い、彼らの人生は順風満帆なようだ。
「これ、新居祝い」
紙袋を差し出す。中身は無難なカタログギフトだ。
「おっ、悪いな」
「上がって上がって。コーヒー入れるね」
背を向けた二人のあとに続き、上がり框を跨ぐ。
首筋に何かを感じた。
振り向くが何もない。湿った吐息のようにも思えた。朝方捨てた生ごみを思い出させる不快感だ。けれど新居のこざっぱりとした白とは正反対で、俺は気のせいだと自分に言い聞かせた。
……あとから思えば、これが始まりだったのかも知れない。
その後は和やかに談笑した。リビングの中央に置かれた四人掛けの木製テーブルを囲み、手製のケーキをごちそうになる。二人の愛娘であるきららは右奥のソファで昼寝中だったが、三歳らしい無垢な寝顔に癒された。
「寝てるときは楽だけど、起きてるときはてんてこ舞いだよ」
「今一番危ない時期なのよね。こないだも勝手に鍵開けてベランダに出ちゃって、よじ登ろうとしてんの。さすがに身長的に無理だったけど、まいっちゃう」
ケイと明日香が嬉しそうに不満を語る。幸せな家族の中にしばらく浸ったのち、夕方には辞去した。
「夕飯くらい食べてけば良いのに、もう」
明日香の言葉にケイも加勢する。
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