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テラス戸を見る。今はピンクベージュのカーテンが引かれ、ガラス戸がどうなっているかは見えない。そのすぐ手前で、きららがしきりに床を指さしている。
「……きららちゃん?」
腰を浮かし、近づいた。床の汚れが動いた気がした。明日香も首をかしげて娘に歩み寄る。
ようやく俺は、彼女がずっと何をしていたかが分かった。
「何してるの!」
明日香がヒステリックな声を上げ、きららの手首を引っ張り上げる。小さな体は持ち上がり、無理やり立たされた。天を指す人差し指の先が、黒い汁に塗れている。
床は虫たちの処刑場だった。幼い指先に潰された羽虫が、黒い染みとなってフローリングに張り付いている。ねちゃねちゃとしたまだら模様の中に、点々と千切れた羽が散らばっていた。
「なんでこんなこと……虫さん可哀想でしょ?」
明日香が、動揺と苛立ちを押さえたような声で諭す。
「遊んでたんだもん」
「虫さんは楽しくないよ、痛いよ。……それにこんないっぱい、どこから入ってきたの?」
カーテンをめくろうとして気が逸れた明日香の手を、きららは思い切り振り払った。厚ぼったい一重の奥の目がぎらついている。
「遊んでたんだもん!」
頭に響くような高い声で叫び、逃げ出そうとする。俺はとっさに、胴に手をまわして止めた。まずは手を拭かなければと思ったからだ。
その瞬間、鋭い痛みが走った。
「つっ……」
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