21人が本棚に入れています
本棚に追加
怯んだすきにきららは走り去り、リビング右奥の階段を駆け上った。
長袖をめくると、手首の近くに歯型が付いていた。小さく赤い点の列は虫にそっくりだ。
「だ、大丈夫?」
明日香が俺の手を取った。いつも血色の良かった頬が白い。
「よそのおじさんが来たから機嫌損ねちゃったのかな」
「そんな……。普段はこんなことしないんだよ」
「虫を殺したりも?」
「当たり前でしょ!」
言ったあと、はっとしたような明日香と目が合う。
「ごめん……せっかく来てもらったのに、散々だよね。埋め合わせ絶対にするから」
「いや、大丈夫だよ。今はきららちゃん優先にしよう。なんかあればいつでも聞くから」
「ありがとう……」
見慣れないおじさんが来たから怖くなって、普段とは違う行動をしたのかもしれない。
そう思って玄関で靴を履く。憔悴した顔で見送る明日香の後ろで、黒い影が動いた。きららだ。
「じゃ、おやすみ」
気づかないふりをして家を出た。夜風に吹かれ、初めて冷や汗が出ていたことに気付く。
最初のコメントを投稿しよう!