柳 総介

7/9
前へ
/48ページ
次へ
 怯んだすきにきららは走り去り、リビング右奥の階段を駆け上った。  長袖をめくると、手首の近くに歯型が付いていた。小さく赤い点の列は虫にそっくりだ。 「だ、大丈夫?」  明日香が俺の手を取った。いつも血色の良かった頬が白い。 「よそのおじさんが来たから機嫌損ねちゃったのかな」 「そんな……。普段はこんなことしないんだよ」 「虫を殺したりも?」 「当たり前でしょ!」  言ったあと、はっとしたような明日香と目が合う。 「ごめん……せっかく来てもらったのに、散々だよね。埋め合わせ絶対にするから」 「いや、大丈夫だよ。今はきららちゃん優先にしよう。なんかあればいつでも聞くから」 「ありがとう……」  見慣れないおじさんが来たから怖くなって、普段とは違う行動をしたのかもしれない。  そう思って玄関で靴を履く。憔悴した顔で見送る明日香の後ろで、黒い影が動いた。きららだ。 「じゃ、おやすみ」  気づかないふりをして家を出た。夜風に吹かれ、初めて冷や汗が出ていたことに気付く。     
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加