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けれども…………、
そうした秘めたる喜びを、何の考えも無しに味わい続ける事は出来ないと自覚はしていた。
決して、浮かれてばかりはいられない。
自分の『教師』という立場は、
どうあっても二人の仲を親密なものへと変えるには大きな障害となるだろう。
何より、こうした自分の想いをぶつけなどしたら、彼女はどう思うか―――――
それを考えると、不安が胸に巣食う。
さぞかし困惑させてしまうに違いない。
自分なんかに想われてしまったら、彼女も迷惑に思うのではないか………。
そうした自虐の想いが………
沸き出る情熱を僅かに抑圧する。
恐怖や不安という感情が、かろうじて大野に大人の分別をもたらした。
だから、彼女の前では頬の緩みそうな感覚を抑え、至って平静を装う。
事ある毎に、視線で追いそうになるのを自制する。
雑音の中から、彼女の声だけ拾う癖も、
例え、視線を向けずとも………
肌で……気配で…………彼女の存在を捕らえている事も………流石に、誰も気付かないだろう。
自分の存在感の無さが……初めて、特技へと変わった。
これらの感情は決して誰にも悟られてはならない。
彼女の困惑は元より、自身の破滅まで導きかねない危険な想いなのだ。
ようやく手にした非常勤講師の職を失えば…………
生活は元より、この密かな『楽しみ』すらも奪われてしまう。
知られてはならない………。
…………そう思えば、思うほど………、
『近付きたい』……………。
葛藤と抑圧は、ジリジリと大野の身を炙り、
秘めた情念を焦がした。
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