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初めは、彼女も…………
必要以上に自分に接して来る大野に、
僅かな困惑と警戒の気配を見せた。
当たり障りのない会話しかしようとせず、
距離を縮める様子はなかった。
それでも、彼女の性分なのだろう………
多少、迷惑そうな表情を浮かべるものの、
あからさまな拒否はしない。
相手は教師であり、
その教師が自分を気遣っている…………
そこに『拒絶』で返すという事は、彼女の良心が許さぬのであろう。
内心はともかく、表面上は気遣いに対する感謝の言葉を述べる。
大野の方も…………
彼女の微妙な内心を察した上で『空気の読めない善良教師』を演じる。
彼女が本心からは自分を望まなくとも、
彼自身の「彼女と過ごしたい」という欲望の方が大きかった。
………幾度か接する内に…………
彼女の頑なな心も、徐々にほぐれていった。
人見知りな人間が、往々にして、そうであるように…………
『外部』の人間に対する警戒心は強いものの………一度『身内』と判断されれば、存外にその接し方は柔らかになる。
彼女の警戒心は情の深さに比例しているのだと思った。
身内と判断した者には、とても人懐こく……
図書室で見せた愁いのある眼差しとは真逆の色合いを見せるのであった。
無邪気な仔犬のように、クルクルと丸っこい瞳が輝きを見せる、その様は………
充分に大野の庇護欲を満足させるものであった。
次第に彼女の方から…………
深い話をしてくるようになる。
自分の想いや、プライベートな家庭の話まで――――――。
………ある時、ふと…………
こう、漏らした。
「父の存在が……息苦しいんです」
それは、ほとんど独り言のような………
溜め息のような………力無い嘆きだった。
普段、慎ましやかに、穏やかに、
微笑みを浮かべる彼女から………
一瞬にして笑顔を奪い去る囁きだった。
その、色の無い瞳が………
彼女にのし掛かる心の負担の重さを物語っている。
聞けば…………、
彼女は父と二人暮らしをしているのだと言う。
元々、彼女には母も姉も居たのだが、
母は彼女が中学に上がって間もなく鬼籍入りしたそうだ。
母が亡くなってから、
父は優秀な姉にベッタリと依存していたが、
その姉も、大学に進学してからは、
パッタリと家に寄りつかなくなったと言う。
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