レイニー・デイ

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 友人の部屋のインターホンを押すと、既に酒臭い彼が「遅いぞ」と顔を出した。軽く詫びてから部屋に上がり、「ほら、お前も飲めよ」と渡されたビールの缶を受け取る。テレビをぼんやり見ながらそれぞれの缶に口をつけていると、彼がおもむろに話し始めた。 「昨日いつものバーに行ったんだ」 「昨日も飲んだのか」 彼の酒癖の悪さを軽くたしなめるが、彼は無視して続ける。 「そしたら角の席に見覚えのない女がいて、マスターにその女のことを聞いたんだ」 「マスターをナンパに使うなよ」 女癖も悪い彼を再びたしなめると、彼は「常連だらけの中に一人知らない女がいたら気になるだろ」と言い訳めいたことを口にし、「まあ確かに美人ではあったが大事なのはそこじゃない」と話の先を急いだ。 「俺がその女のことを聞いたらな、マスターは言ったんだ。『角の席は空いている。女なんていない』と」  なるほど、と相槌をうって、つまり、と尋ねる。 「その女は幽霊だったのか」 彼はオカルト体験談をしたいのだろうと思っての質問だったが、予想に反して彼はきっぱりと首を横に振った。 「いや、あれが幽霊のはずがない。確かに女がいたんだ」 酔っているせいか、いつもより語気が強い。 「幽霊を見たやつは皆そう言うだろうな」 酔っ払いには付き合いきれない。肩をすくめてビールをあおった。  しばらくして自分もほどよく酔いが回ってきたところで、彼に夕方の女の人のことを聞いてみることにした。 「最近、この辺に女の人が引っ越してこなかったか」 「いや」 「ここに来る前に女の人を駅まで送ったんだ。黒髪で、毛先だけ真っ白の。最近引っ越してきたらしいけど」 「さあ」 彼女の一番の特徴を伝えたものの、彼の返事はそっけない。「そんな髪の女を見たことはない」と断言し、ビールの缶を傾けた。 「幽霊でも見たんじゃないか」 「それは絶対ない。彼女は確かにいたんだ。それに最後は『また会いましょう』だった」 少しムキになって反論すると、彼は「お前、大丈夫か」と急に真面目な顔になり、それから呆れたように溜息をついた。 「幽霊を見たやつは皆そう言うんだよ」
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