径《みち》

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

径《みち》

私のおなかの中に、径ができた。 変な言い方。 でも、そんな風にしか言えない感覚。 森田伊織という男の子がつけた。 伊織はお育ちがよくて、 だから物腰もなんとなく品があるように見えるし 先輩の私を立てて控え目だし 長身ですらりとしていて、 まあイケメンかも知れない。 私と伊織が一緒に歩いているところを見た人は みんなどう思うだろう。 仲のいい姉弟。 恋人同士。 すれ違うおばさまたちが ほほえまし気に目を細めているのを見れば 好意的に受け入れられているのは確かだ。 健全で穏当なカップルだろう。 でも私のアパートや、安宿にしけこんで やってることと言ったら ほとんどの時間裸で痴態を繰り広げるだけだ。 疲れたらからだを寄せ合って眠り、 お腹が空いたら食べる。 一緒に居る時は、私が伊織のからだで、 欲求を満たすことに夢中になる。 おなかの中の「径」を意識し始めると、 私は携帯に手を伸ばす。 伊織が 忙しい仕事の合間を縫って逢いにくる。 そんな生活が2年以上も続いた8月、 母からの電話が不穏な空気を運んできた。 「ゆりちゃん、お誕生日おめでとう。 あなた…誰かいい人いないの?もう28でしょ? 姉さんが、紹介したい人が居るって言うんだけど」 日本人は、年齢に対する許容度が低い。 28歳は、 女性が結婚していなくても放っておいてもらえる年齢では ないらしい。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!