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その男は、次の駅で引きずり降ろされ、由紀はその男の痴漢行為を訴え、すぐに警察官がかけつけたのだ。あの中年男の泣きそうな顔を思い出すと、胸がすっとした。
いい気味。私をあんな風に公衆の面前で貶めるのが悪いのよ。
再び電車に乗ると、今度は余裕で座席に座ることができた。今日は気晴らしに、会社をサボってエステにでも行こう。今の私にはリラックスすることが必要。そんなことを考えていると、由紀は急に眠気に襲われ、ついウトウト居眠りをしてしまった。
眠りから覚めたのは、ガタンと電車が揺れた瞬間だった。しまった。たぶん、乗り過ごしてしまった。由紀は車窓から外をうかがった。え?ここは、どこ?真っ暗で何も見えない。地下鉄に乗ってはいないはずだ。これでは、何の情報も得られない。
「すみません、次の駅はどこですか?」
自分の席の前に立つ、赤ちゃんを抱いた女性に尋ねた。しかし、女性は何も答えてはくれなかった。
仕方なく由紀は、隣に座る中年男性に尋ねた。
「すみません、今、この電車はどこに向かってますか?」
男は、顔を上げた。
「あっ!」
その男の顔に見覚えがあった。先ほど、由紀が痴漢の罪を着せて警察に突き出した男であった。
「嘘、なんで?」
「この電車は、きさらぎ行きだよ。」
男はうつろな目で答えた。
「きさらぎ?どこよ、それ。」
由紀がそう言うと、男の目から、赤い物が流れ始めた。
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