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──二月、初めの午の日、暮六つ。
「……ひっ……!? あ、ああぁぁぁーー!!」
その悲鳴は、夜空に煌々と浮かんだ満月を切り裂いた。
「お、お館さま! 雅様が……姫のお姿が見えませぬ! 用意しておいた御髪の方が残されて……!」
先に襖を開けた侍女が掠れた声を上げる。その肩を押し退けて、姫の父である領主は部屋に踏み込んだ。
「なんと……! おのれ白楼、あの化け狐! やはり謀りおったか!」
部屋の中にポツンと残された三方。その上には供物として渡すと約束した雅姫の艷やかな髪が乗っている。
この日のために、姫は自らの手で長く美しい髪を肩の下からバッサリ切り落とした。
このようなもので村が救われるなら、と──。
「探せ! 姫を置いて四半刻も経っておらぬ。まだそこらに……あの狐を見つけたなら射てしまえ!」
領主の怒号に、背後に控えていた家臣たちが顔色を変える。
「で、ですがお館様。その狐は曲り形にも、お使い狐様なのでは」
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