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「ええい、土地神の使いが娘をかどわかすなどあろうはずもない! あれはきっと単なる物の怪……!」
哀しみと、己の愚かさに領主の唇が震える。
「村の窮地を逆手に取り、恵みの雨を降らしてやるなどとうそぶいて姫を……。我らは騙されたのじゃ!」
その時だった。
屋敷の外から波のように、家臣たちのざわめきが寄せてきた。
「……雨……?」
「雨……。おお、これは……まさしく雨!」
「お館様、雨が降り申した!」
「な、に……っ!?」
領主は部屋から飛び出し、渡廊にまで足を運ぶ。高台にある屋敷のこの場所からは村が一望でき、眼下のそれは雨に煙って白く霞んで見えた。
「……なんと……!」
月は在るのに雨が降る……狐の嫁入り。
粛々と、超然と、乾ききった村をしめやかに潤していく。
「……お狐様が叶えてくれた……。村は、助かったんだ……」
呟いたのは家臣の誰だったのか。
だがその言葉は、領主自身の胸にも壮絶なジレンマと共に去来していた。
それは遥か昔。
まだ人間が畏れというものを知る、愚か者ではなかった頃の出来事──。
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