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「なんだかわからないが、あのとき。
……鈴を見たとき。
こういう女と一緒に暮らせたら、一生そこそこ幸せかな、と思ったんだ。
それだけだ――」
それだけだ、か。
でも、それが貴方の初恋なんでしょうね、と数志は思っていた。
長く一緒に居たが、いつも一方的に相手から言い寄られるばかりで、征が誰かに強く心を動かしたことはなかった気がする。
「格好つけて黙ってるから、印象薄くなるんですよ」
とつい、主人に向かって、思ってることをそのままズバリ、言ってしまった。
すると、征は、助手席の背をつかみ、反論してくる。
「俺は面白くもない男だから、式までは、鈴にもあんまり会わない方がいいし。
口もきかない方がいいと思ってたんだっ。
結婚話はスムーズに進んでたから、その方がいいとっ――!」
「いやあ、面白いですけどね、征様も。
尊様と方向性が違うだけで」
と言いながら、数志も窓の外を見た。
あの二人、何処に向かって行ったんだろうかな、と夏空を見上げて思う。
なんとなく、九州方面のような気がするが……。
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