大人なので、果てしない逃亡の旅には出られません

54/54
前へ
/393ページ
次へ
「なんだかわからないが、あのとき。  ……鈴を見たとき。  こういう女と一緒に暮らせたら、一生そこそこ幸せかな、と思ったんだ。  それだけだ――」  それだけだ、か。  でも、それが貴方の初恋なんでしょうね、と数志は思っていた。  長く一緒に居たが、いつも一方的に相手から言い寄られるばかりで、征が誰かに強く心を動かしたことはなかった気がする。 「格好つけて黙ってるから、印象薄くなるんですよ」 とつい、主人に向かって、思ってることをそのままズバリ、言ってしまった。  すると、征は、助手席の背をつかみ、反論してくる。 「俺は面白くもない男だから、式までは、鈴にもあんまり会わない方がいいし。  口もきかない方がいいと思ってたんだっ。  結婚話はスムーズに進んでたから、その方がいいとっ――!」 「いやあ、面白いですけどね、征様も。  尊様と方向性が違うだけで」 と言いながら、数志も窓の外を見た。  あの二人、何処に向かって行ったんだろうかな、と夏空を見上げて思う。  なんとなく、九州方面のような気がするが……。
/393ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4212人が本棚に入れています
本棚に追加