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「こんなところで放り出すくらいなら、なんで私を連れて逃げたんですかっ。
半端なことしないでくださいっ。
なにかも自分から奪った征さんを恨んで、跡継ぎの花嫁を誘拐したんでしょっ?
清白を転覆させるくらいのこと、したらどうですかっ?」
おいおい、という顔を尊がする。
「こんなの嫌です。
このまま帰るなんて嫌です」
さっきまで、聞くだけで和んでいた鍋の音にもなにも和まない、と思いながら、うつむいた鈴は、お醤油で少し汚れた箸袋を見つめる。
ちょうどそこにあったからだ。
鈴は、ホテルの名前の書かれたその袋を見つめたまま、顔を上げなかった。
あんまり長く見つめていたので、一生、この箸袋も、汚れ具合も忘れられなくなりそうだなと思いながら。
やがて、尊が口を開いた。
「俺はお前になにもしていない。
お前は連れ去られただけだし。
このまま、征の許に帰れば――」
「帰りませんっ」
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