16人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
笹川スズカ
「みんなーッ、雨の中ありがとー!」
野外ステージの客席から大きな歓声が上がる。
笹川スズカは、土砂降りの中に立つ観客を見て胸が熱くなった。
数年前は単独イベントをやっても、片手で数えられる人数しか集まらなかった。
こんな天気の日は、室内のイベントでも誰も来ないこともあった。
でも、目の前の客席は満員だ。
合羽を着た観客がほとんどだが、中には、スズカの顔をプリントしたTシャツや自分たちで作った半被を見せたくて、ずぶ濡れになっているファンもいる。
「風邪引かないように気を付けてねー!」
まだ、始まったばかりなのに涙が溢れそうだ。
いけない、泣くにしても、ライブの最後だ!
スズカは己を叱咤した。
彼女の本業は声優だが、歌手としても活動している。
今日は歌手として、初のライブツアー最終日だ。
最終日が野外ライブで大雨とは全くついていない、客席を見るまでそう思っていた。
観客にも雨の中、申し訳ないと。
しかし、客席を見てそんな思いはどこかへ行ってしまった。
雨なんて、わたしの唄で吹っ飛ばしてやる!
スズカは唄い続けた、今までになく精神が集中していた。
咽はとっくに限界のはずなのに、声は響き続けた。
観客の声援と、自分の声に酔っていた。
ファンと自分が一体となっているのを感じられた。
なのに、突然、その一体感が壊れた。
観客がざわめいている。
マシントラブルだろうか? モニターからは音が問題なく聞こえている。
スズカは気付いた、観客は自分ではなく、自分の右隣を観ていることに。
何か、嫌な感じがした。
しかし、確認せずにはいられなかった。
唄いながら、首を右に向けると、一人の少女が立っていた。
少女は悲しげに観客を見つめている。
え……?
次の瞬間、少女の姿は煙のように消えた。
最初のコメントを投稿しよう!