一枚のカード

3/4
前へ
/250ページ
次へ
 人の気配というものは、目で人物を見ていなくても、音や陰、誰かが近づくことによる圧迫感……その他、五感以外の要素も含めて、感じ取れるものである。その距離感から、普通の近づき方ではないことも――。ただ横を通り過ぎていく人や、すれ違う人々とは、歩み寄る速さや、並んでから揃う足並み、小声でも聞こえる距離――何もかもが違っていた。  いや、こんな時にまで観察してしまうのは、本当に職業病といしか言えない悪い癖だ。 「カードを拾っただろ?」  横に並んだ男は言った。競馬場でオケラになっていそうな類の、どことなく胡散臭い男である。解りやすく言えば、きっと定職にもついておらず、その日暮らしのギャンブルのような生活をしているに違いない、という感じだ。 「――カード?」 「しらばっくれるな。さっき拾ってポケットに入れたヤツだ」  低い声で、恫喝する。  だが、頭はあまり良くなさそうだった。こんな人通りの多い場所で声をかけて来るなど――。郡司なら、相手が人通りのない場所に入り込むか、自宅を突き止めてから行動に移す。ここでは、大声で騒がれたらそれまでだ。近くにはまだ事故処理の警官もいるし――。 「このカードが何か知っているのか?」  郡司は訊いた。  ここで知らんぷりを通しても何も得るものはない上に、この男は郡司がカードを拾うところを見ているのだ。黙って引き下がってはくれないだろう。 「おまえには関係ない。さっさと寄越せ」  カード一枚にこれほど固執するなど、やはりこれは紗夜が消え、車に撥ねられた男が現れたことに関係しているに違いない。     
/250ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加