13人が本棚に入れています
本棚に追加
で、二番目が診療費で……。やはり、それも考えておかなくてはならない。家のローンだってあるし、車だって子供が出来たら買い替えたい。教育費用もかかるだろうし、家族が増えたからには、保険だって見直さなくては――。雑誌に載るようなマタニティ・クリニックで出産し、豪華な個室と、有名レストランのような食事メニュー、母乳のケアや体形回復のためのあれこれまで請け負ってもらえれば、そりゃ満足しない妊婦はいないだろうが……。
郡司秋良は、まだ少しも目立っていないおなかに手を当てて、あれこれと途切れることなく話し続ける妻の紗夜の姿を垣間見た。
幸せだった。
結婚して半年と経たずに、またこうして幸福を告げられて、次々に歓びが舞い込んで来る今の自分に、この先、不幸が訪れるなど、微塵も思いはしなかった。
K大学の法医学教室では、まだ下っ端の駆け出しだが、自分が選んだ道を誇りに思っていたし、自分に寄り添ってくれる妻の紗夜のことも、何よりも大切に思っていた。
そして今は、そのおなかの中に宿る命も……。
こんな幸福が、一瞬で掻き消えてしまうなど、一体、誰が考えただろうか。
少し離れた駐車場へと向かい、道路沿いを二人並んで歩いている時だった。
何の前触れもなく、ドスン、という重い音が響き渡ったかと思うと、黒い影が宙を舞った。
何が起こったのかは、解らなかった。歩道と車道は完全に分けられていたし、信号や横断歩道はまだ先で――かと言って、車の切れ目を待って道を渡ろうとしている人影もなかったように思う。言うなれば、その男は、いきなり車道の真ん中に現れて、走って来た車に撥ね飛ばされてしまったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!