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郡司の方は死体にはそれなりに慣れているが、誰かが死体になるかも知れない瞬間を目にするのは、子供時代の祖父の死以来、久しぶりのことだった。もちろん、ただの交通事故死なのだから、この遺体がK大学の法医学教室に回って来ることはないだろうが……。
各地の大学にある法医学教室へ司法解剖のために運ばれて来る遺体は、犯罪性のある死体と決まっている。犯罪性のない死体は、自然死なら病院で死亡診断書が発行されることになるし、変死の場合は東京二十三区なら監察医が死体検案書を書くことになっている。もちろん、この変死という枠には交通事故死も入っていて――。たとえ死亡を確認した医師であろうと、変死体である限り、死亡診断書は書けないのが決まりである。
そんなことを考えながら119番に事故の状況を告げ、
「その人が飛び出したところは……見ていません」
肝心の原因に関しては、そう応えることしか出来なかった。見た時には、男は車道にいたのだと――。それだけが事実だったのだから。
車から降りてきた運転手は、
「急に目の前に現れたんだ! 避けようがなかった!」
と、呟き半分、叫び半分で訴えていた――が、周囲の視線は冷たかった。
だが、郡司の目にも、運転手が見たのと同じように見えていたのだ。男は慎重に道路を横切ろうとしていたわけではなく、ましてや運転手がよそ見をしていて気づかなかった訳でもなく、突然、道路の真ん中に現れたのだと――。
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