消えた妻

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 だが、着ている服は勤め人のような背広である。外回り用の営業鞄や、その他、手荷物は持っていないようだが、内ポケットには財布らしきものが収まっている。中は勝手に見たりはできない。今日は仕事ではなく、休みなのだ。  中肉中背よりも少し太り気味で、靴も運動には向かない革靴。着ている背広には合っている。  顔や手足に傷はなく、誰かと争ったような形跡もない。――いや、背広のポケットのフラップが、片方だけ外に出ている。通常、室内や畏まった場所ではポケットにしまい、屋外では埃や雨がポケットに入らないよう、出しておく役目を持つものである。無論、この男がそんなマナーを知っていたかどうかは不明だが、片方だけしまっておく、というのは不自然だろう。  ポケットの中から何かを出した――もしくは、ポケットに何かをしまった。そう考えられるのではないだろうか。  もちろん、ただハンカチを出して、汗を拭こうとしていただけだったかも知れないが。  救急車の到着を待つ時間、郡司はすっかり仕事のような気分で、それだけのことを観察していた。もちろん、その観察のすべてを、救急隊員や事故の連絡を受けて到着した警察官に話したわけではないが。それでも長い時間がかかってしまった。  そして、やっと妻の紗夜のことを思い出し、歩道の方を見渡したのは、救急車が走り出してからのことだった。     
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