消えた妻

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 紗夜はまだ帰らずに、そこにいた。タクシーでも止めて、乗せてやってから心臓マッサージをすれば――などと言っていられるような状況ではなかったのだから、こんなにも待たせてしまったことも、ごめん、の一言で許してもらえるだろう。そう思っていた。  だが――。  だが、紗夜は、郡司の目の前から、消えて、しまった。  文字通り、刹那に視界から消えたのだ。  ――原因?  そんなものは解らない。  郡司が、「――ったく、休日なのに疲れたよ」というような顔をして――それでも少し誇らしげに、紗夜の方へと踏み出した時、紗夜の姿がその場から忽然と消えたのだ。最初は自分の目がおかしくなったのか、とも思ったが、それなら他にも兆候があるだろうし……。それに――。  それに……。  突然現れた男のこともある。  歩道から車道に飛び出したわけではなく、どこかから突然車道に現れ、車に撥ね飛ばされてしまった男――。  郡司は、膨れ上がる不安を胸に、紗夜のいた場所へと駆け寄った。  もちろん、そこには誰もいない。紗夜と見間違えるような誰かも立ってはいないし――。いや、それ以前に、郡司は確かにその場に立ち、その場から消えてしまった紗夜の姿を見ていたのだ。あの男が突然現れ、車に撥ねられるところを見てしまったように……。  体中から汗が噴き出すような理解し難い出来事と、大切な存在が不意に消えてしまった受け入れ難い現実に、鼓動は早まるばかりで息苦しかった。 「紗夜……」     
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