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「あら、どこか行くの? 待って、準備するわ」
「大丈夫よ、1人で動けるようになりたいの。遠くには行かないわ」
見えなくなってから過保護になり、1人にしてくれない。付きっきりでは私がダメになってしまう。
「そう? 気をつけてね。小雨だけど傘忘れないでね? 」
無理強いしないでくれることだけは有難かった。
玄関で、傘とステッキを渡してくれる。
「ありがとう、行ってきます」
笑顔で開けてくれたドアを出て、傘をさした。
向かうは人気のない古いバス停留所。
懐かしい匂いのする木造待合所。
3人か4人が掛けられる程度の木のベンチがあって。
きっと時刻表なんてとうに読めなくなっている。
子どものころ、近所のお兄さんお姉さんに遊んでもらった場所。
バスに乗るつもりもないのに来たくなった。
ベンチの下、裏角、よく隠れたっけ。すぐに見つかっちゃったけど。
映らない瞳で前を向き、その頃の自分を思い出す。
1番純粋で、楽しかった思い出。
こんなことがなければ、思い出すことも忘れていたままだったかもしれない。
晴れの日も雨の日も関係なく遊んだあの日々。
雨音が好きだった頃。
静かで人の気配など感じなかった。
「わっ! 」
ドンっとぶつかり、男性の声で気がつく。人が立っていたのだと。
知らない匂いと見えない弊害に慌てる。勢いで、ステッキと傘を手放してしまった。
雨が直接肌に降り掛かる。が、男性が自分より大きいのか、あまり当たらない。
「す、すみません! 大丈夫ですか?! 」
瞬間肩を掴まれ、ハッとする。
「あ、ごめんなさい。気が付かなくて……」
大きな手、優しそうな声。私は返事と共に声のする方へ顔を向けた。
「あの、申し訳ないですが、ステッキと傘を拾って頂けませんか? 私、見えないんです」
近くなのだろうが、雨の中闇雲に探すわけに行かず、願い出た。
「こっちが傘で、こっちがステッキです」
「ありがとうございます」
すぐに対応して、手にしっかりと持たせてくれた。
優しい人……。笑顔で返しながら私は、その優しさの中に何かを感じた。
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