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あれから1週間。なんとはなしにあのバス停留所に足を向けた。
今日も嫌な雨が降り頻る。
ステッキと雨は不協和音。交わることのない音楽を奏でる。
微かな靴の音を聞いた。
「あれ? 君はあの時の……」
聞き覚えのある声に立ち止まる。
「え? ……ああ! その節はありがとうございました」
声のした方に微笑み、お辞儀をした。
心無しか彼の声が上ずっている?
「いえ、当たり前のことですよ」
在り来りな言葉。でも、飾り付けられた言葉より清々しい。立ち去る訳では無いようだ。
私を待っていた? 暇だしと。
「お暇でしたら、座ってお話しませんか? 」
もしかしたらと提案してみる。
「は、はい! 」
案の定、だったようだ。
並んでベンチに座る。
そして、徐に口を開いた。
「私の目、事故で見えなくなったんです」
赤の他人になら話せる。私に好意ある人なら聞いてくれると期待して。
「それは……大変でしたね」
心無しか苦しそうだと感じる。共感? それとも……。
「ええ、思い出せないんですけどね。どう事故にあったかも、何故自分がそこにいたかも」
「記憶喪失……ですか? 」
俯きながら少し黙り込む。
「どうなんでしょう? ……その日の記憶だけないんです。《10年前》のあの日だけ」
《10年前》と言った瞬間、空気が変わったきがした。
長い沈黙が流れた。
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