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そう言ったのは私ではない。
頭上から落ちてきた声の主を確かめるため顔を上げると、目の前で大きな手のひらがパンと合わさった。
「いただきます」
うそでしょ?!
「待ったあああ」
そう言う私の声よりも早く、目の前に伸びてきた長い人差し指と親指は、弁当箱の照り焼きを抜き取った。
「わわわわ」
慌てふためく私の声は、やはりここでも無視される。
彼は、色艶のよい照り焼きを、そのまま口の中にほおりこんだ。
「ほれのはち(俺の勝ち)」
母特性の照り焼きを頬張り、幸せそうな笑顔を見せて、私に向かってピースサインを送るのは、半年前にこの学校に転校してきた男の子、井ノ瀬健太郎(いのせけんたろう)だ。
「勝ちじゃないー! 返して!」
「もう食べちゃった。今日もうまかったよ」
先ほどまで、頬一杯に入っていた鶏肉はいつの間にか消え失せていた。彼の腹の中に入ったらしい。
健太郎にとられないように、素早くお弁当を広げったっていうのに!
今日もとられてしまうなんて!
「ほんと葵の母さん、料理上手だよな。明日も楽しみにしてる」
「明日は絶対取られない!」
「いや、葵の弁当だけが俺の学校生活の生きがいだ」
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