たった5分の幸せ

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そう言ったのは私ではない。 頭上から落ちてきた声の主を確かめるため顔を上げると、目の前で大きな手のひらがパンと合わさった。 「いただきます」 うそでしょ?! 「待ったあああ」 そう言う私の声よりも早く、目の前に伸びてきた長い人差し指と親指は、弁当箱の照り焼きを抜き取った。 「わわわわ」 慌てふためく私の声は、やはりここでも無視される。 彼は、色艶のよい照り焼きを、そのまま口の中にほおりこんだ。 「ほれのはち(俺の勝ち)」 母特性の照り焼きを頬張り、幸せそうな笑顔を見せて、私に向かってピースサインを送るのは、半年前にこの学校に転校してきた男の子、井ノ瀬健太郎(いのせけんたろう)だ。 「勝ちじゃないー! 返して!」 「もう食べちゃった。今日もうまかったよ」 先ほどまで、頬一杯に入っていた鶏肉はいつの間にか消え失せていた。彼の腹の中に入ったらしい。 健太郎にとられないように、素早くお弁当を広げったっていうのに! 今日もとられてしまうなんて! 「ほんと葵の母さん、料理上手だよな。明日も楽しみにしてる」 「明日は絶対取られない!」 「いや、葵の弁当だけが俺の学校生活の生きがいだ」
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