たった5分の幸せ

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「井ノ瀬健太郎です。九州から来ました。よろしくお願いします」 青い空がどこまでも続く熱い夏、彼はこの学校へ転校してきた。 私の席は一番後ろで、私は首を長くして、緑色の黒板の前に立つ彼を眺めていた。 先ほどまで、空を見ていたからだろうか。 彼の姿に空の青と黒板の濃緑が混じって、少し見えにくかった。 彼の姿を見たクラスメイトから、こそこそと黄色い声が飛ぶ。その時、担任が教室の角を指さした。 「じゃあ、井ノ瀬君の席は、一番後ろの窓際で」 「はい」 「何かわからないことがあったら、前の席の葵さんに聞いてください。彼女はしっかりしているから」 転校生君用の空いた席の隣では、強豪水泳部所属の竹森君がいびきをかいて寝ていて、竹森君を特別扱いする担任の先生によって、私が転校生のお世話係に任命されてしまった。 学級委員でも何でもないんだけど……。 そう思っていると、私の横を転校生君が通り過ぎた。知らない匂いがした。私は、その匂いのする方に首を向け、後ろの席に鞄を置いた彼に向けて、言った。 「葵 美青です。よろしくね。何かわからないことがあったら聞いてね」 「ああ、はい。井ノ瀬です。……よろしく」 喉の奥にこもったような声の出し方だった。 アーモンドのような茶色の瞳は、男の子にしては大きいほうだ。その瞳は切れ長で、男子特有の目だとも思った。 背は、172,3センチといったところかな?  身長はそれほど高くないけれど、体格がしっかりしているせいか、クラスの男子たちより少しだけ大人の男の人に見えた。 彼の柔らかそうな髪が太陽の光を浴びて透けて見えた時、低い声が届いた。
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