第一譚 猫目と武士の白昼夢

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 武士は集落の外れへと歩を進めた。  石碑が見えてきた。  奇妙な石碑だ。墓石と同じ造りではあるけど、背が高くてやたらと薄い。表面に見たこともない字が彫りこんである。 「悲劇を、またくり返してしまったか――」  悔しそうに歯噛みする。 「人の足を遠ざけた。弁天も祀り、贄も捧げた。なのに、足りぬか」  武士は馬を走らせた。  水路を沿うように移動している。  馬がそれ以上進みたがらなくなったので、武士は下りて歩いた。  背の高いススキが多く生えていて、視界が悪い。  かき分けて進むと、霧が濃くなってきた。ススキが途切れ、立ち枯れた木が多くなる。足音が変わった。ぬちゃっと鳴っている。おそらく湿地帯だろう。周辺の藪は、篠や葦、竹が多くなっている。  森が見えてきた。武士はそこに向かっている。森の中にはひときわ目を引く椎の小高い双樹と、小さな神社がある。社殿の格子戸が空いており、社殿の中やその付近に、無数の着物が散乱しているのが見える。 「多氣(たけ)――」  呟いたのは、名前だろうか。この着物の持ち主の名かもしれない。  しばらく見つめていたけど、重々しい足取りで神社を抜ける。     
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