第1章

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 あたしは3を選んだ。  ある朝、あたしはいつものようにランドセルをしょって家を出た。  だがし屋の角を曲がって、学校が見えてきたとたん、ぱたりと足が止まった。  はっきりわかった。  もうこれ以上この先に進むことはできない。  ずり、ずりと後ずさりをした。こっちの方向だと、足はかんたんに動く。  そのまま、くるりと回れ右でどんどん歩いた。  家にはもどれない。明け方に帰ってきたおとうさんが、干物みたいな顔してねているから。  そこで、近くの団地の公園に行った。だれもいない。  ブランコに座った。  丸い時計が8時半をさすと、遠くで学校のチャイムが聞こえた。  もう、みんな自分の場所に着席して、朝の会が始まるのを待っているだろう。あたしのイスには、どんなねばねば物質がのっているだろうって、ちょっと考えた。  なんでもいい。あたしはもうそこへは行かないんだから。    「あら」  とつぜん頭の上で声がして、あたしはブランコから立ち上がった。  おかあさんらしい人たちが、入り口に四、五人かたまっている。みんな、それぞれに黄色いぼうしの小さな子を連れていた。公園の前は、ようち園バスの集合場所らしい。  おかあさんたちは、みんなそろってあたしを見た。  そのうちの一人が、足を一歩ふみ出す。日ごろ、おかあさん仲間のうちでは、勇気があると思われている人だろう。  でもまあ……めいわく。  「あなた、学校は?」  続いて、他のおかあさんも口を開く。  「おなかでもいたいの?」  「ちこくよ、ちこく」  「忘れ物?」  全員がこっちに来ちゃいそうな勢いなので、あたしはあせった。  「今から行きます!」  方向もわからず、公園から飛び出す。  ランドセルが背中でがちゃがちゃあばれた。  太陽の光は強くなって、せみが鳴きはじめた。  まったく、いつまで夏なんだろう、と思った。  アスファルトの道路にあたしのかげが真っ黒に落ちていた。かげもあたしにつきあって、ふらふら知らない町をさまよい続けていた。  ものすごくのどがかわいた。二リットルのコーラだって、一気飲みできるくらい。  さっきの公園のフラミンゴ型の水飲みを思い出した。思い出したって、もっとのどがかわくだけだ。  おでこやほっぺを汗が流れて、かゆくてしょうがない。
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