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この辺りはお世辞にも治安がいいとは言えない。そのお陰でアパートの家賃は安いし、ろくな保証人を持たなくてもお金で物事を進めることができた。
昼間から飲んだくれの男だか女だかが、コンクリブロックを枕に夢を見ていることも珍しくない。
とはいえ。
「子どもがこんな時間に外にいたらダメでしょ」
時刻は23時を回って、遠くから酔っ払いの大声が聞こえる。そんなところに子どもが、一人で、座り込んでいるのはよろしくない。いくら治安が悪くても、ここは日本だ。子どもはしかるべき場所で保護されるのが妥当。ちょっと歩けば交番もあるし。
放っておきたいが、アパートの目の前が何かの事件現場になる可能性は潰しておきたい。なにより大人として、そこまで落ちていきたくない。
「えーと、あなたの保護者の人は?」
目線を合わせて気づく。
あ、これダメっぽい。目がうつろで、唇は渇ききっている。栄養状態が非常に悪い。自分にもその状態には覚えがある。
「うち、このアパートの三階なんだけど……とりあえずなんか食べない?」
瞳がきらり。少しだけ目に力が宿る。
問題は三階まで上がれるか。
まずは、手を……
「っ!」
差し出した手をかわされる。迷っている、そんな感じもする。
「触られたくない?」
「……貧乏神、だから」
ちょっとこれは背景が思ったよりも複雑そうだと、感じた。
……後でわかったことだけど、このときの推測は見事に外れていた。斜め上の出来事だった。
「私生まれてから二十二年、貧乏しっぱなしだから、今更。それよりあんまり外でこうしてると、私が通報されちゃうかもしれないことの方が問題かな」
「動き、ます」
「言っとくけど、たいしたものは出せないよ、貧乏だから」
ずいぶん小さい手。体温がないみたいに低い。
さっさと何か食べさせて、警察に保護してもらおう。
私は明日も働かなくちゃいけないのだから。
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