第一章 運搬

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 この世界から墓が消え去って、ずいぶんと経った。今から数百年前に地球規模の戦争や紛争が同時多発的に起こり、これまで築き上げてきた文明社会は一気に崩壊した。世界の人口の七割以上が死に至り、生き残った者も疫病や飢餓に苦しめられた。人類が社会的秩序を取り戻すのには、そこから百年あまりの年月を必要とした。  飢餓という混乱の中で、人は墓の概念を捨てた。食べられるものは余すことなく食料にすべきであるという結論に達したからだ。  遺体は国が管理する食料センターに運ばれ、細胞を培養し、プランクトンと合成させ、食品加工された。長期間保存がきく新たな食料ミークに生まれ変わった。ミークは成人の遺体で約八年、幼児の遺体で約三年、一家を養うことのできる貴重な食料となった。  当然、ミークは遺族が相続すべき財産として、預貯金や不動産と同等に扱われた。そして遺体は食料であるという考え方は、世界の復興の過程で急速に広まっていった。  広まった考えはやがて常識となる。人からは死者を弔う気持ちは、徐々に失われ、その受け皿であった墓も消えた。それは食料問題が解決し、平和を取り戻した現在になっても、消えたままの文化であり続けていた。
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