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 玄関の引き戸を開けると香ばしくて甘いにおいがした。台所をのぞくとエプロン姿の凪がいた。 「あ、お姉ちゃん。用意ありがとね。いろいろあって助かっちゃった」  テーブルには所狭しとさまざまな料理が並んでおり、そこには凪の得意なふわふわの卵焼きも並んでいた。 「ただいま運びますので、あちらでお待ちくださいませ」  長年勤めている家政婦がお盆に料理を載せながら凪をまぶしそうに見つめている。彼女は仕事を取り上げられた形になるが、うれしくてしょうがないと言った様子だった。  おとなしくて内に引きこもりがちな妹、そんな彼女が恋人のために張りきって料理を作っている。こんな微笑ましい光景はない。  しかし、なぜよりにもよってあの男なのだろう。澪は目の前が真っ暗になるようだった。  テーブルに肘をついて頭を抱えている横で家政婦がどんどん料理を並べていく。中には澪が作ったものもあり、数時間前に手間暇かけて用意していた自分を思うと余計に腹立たしい。  家政婦と入れ替わりに凪と徹が姿を現した。徹は並べられた料理を見ると大げさに声を上げる。 「おいしそうだな、凪が作ったのか」  凪がこくりとうなずく。 「卵焼きも作ったんだよ」  腰を下ろして微笑み合うふたりは、どこからどう見ても幸せな婚約者たちだった。  二つ下の妹は双子に間違われるほどに瓜二つだ。  自分と同じ顔が宿敵と笑い合っている。澪は不思議な感覚に陥った。 「さ、食べよっか」  凪の声に三人同時に手を合わせる。  徹が最初に手を伸ばしたのは意外にも澪の作った豚の角煮だった。口に入れると一瞬だけ意味ありげな視線をよこす。  誰が作ったかなんてわかるはずがない。澪は無視しながら卵焼きに手を伸ばした。  ちらりと凪を伺い見るが、彼女は気にした様子もなく味噌汁をすすっていた。  やましい関係ではないが、どこかうしろめたい。  いかに凪が傷付かないようにこの男を凪の前から消すか、それなりに難易度の高い課題だった。
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