あっちゃん。とそば。

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あっちゃん。とそば。

僕が小学生の頃父の仕事が忙しかったため、よく母方の祖母の家で日が落ちるまで過ごしていた。 そこにはよく祖母の妹夫婦が遊びにきており、その旦那さんが通称「あっちゃん」だった。 彼はとても無口であったが優しく、よくいろんな所に遊びにつれていってもらった。 テーマパークとか高級レストランとかそんな華やかな雰囲気の場所ではなく、どこどこの山や川、そして近所のお蕎麦屋さん。 小学生の僕はざる蕎麦の魅力に異常なまでに取り憑かれていたのだが、 あっちゃんが「てんざる1つ。」と言った言葉の響きが良かったらしく僕もてんざるを頼んだ。 しかしてんざるがテーブルにやってきた途端僕は「天ぷらなんていらない!」と言った。 てんざると言いたかっただけで何かまではわかってなかったのだ。 今思うと本当に馬鹿な奴だ、とか思うけれど当時の僕はどうやらよくそういう事をしていたらしい。 月日は流れ僕も高校生になり、その頃には行きつけのお蕎麦屋さんも潰れてしまっていた。 けれど気が向いたときによくあっちゃんが蕎麦を1から作り、ざる蕎麦を食べさせてくれた。 小学生の頃より会う機会は減っていたがそれでも昔と変わらないあっちゃんだった。 そんな僕も大学を卒業して東京で働く事になったのだが、社会人になり1年が経った時ふとあっちゃんに会いたくなり僕は祖母と叔母に連絡をし会い行く事にした。 しかし、もうあっちゃんがこの世にいない事を僕はそこで知った。 最初は理解が出来ず固まっていたのだが、次第に頭が働き始めなぜ僕にそういう状況だと伝えてくれなかったのかと祖母らに聞いた。 するとあっちゃんが僕の中では元気なままの姿で生き続けたい、こんな姿を見せたくない。だから伝えないでくれ、それで後悔はしないと言ったそうだった。 1つ後悔があるなら、またざるそばをつくってやって美味しいという僕を見たかったと、最後に話して目を閉じて歩いていったらしい。 涙が止まらなかった。 ただかっこいいとも思った。
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