カルテ3 鼓動の封印

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 バスを降りて閑静な住宅街の中に入って少し歩くと、お三味線の音と長唄が聞こえてくる。 その音がする方へ近づいて行くと、生き畝に囲まれた日本家屋が現れる。 そこが、わたしの家。  門扉を開け、砂利と飛び石が続く道を奥へと進むとガラスの引き戸の玄関に行き着く。 手入れは行き届いているけれど、古めかしい造りのこの家を見るといつも、文化財ものではないかしら、と思ってしまう。  ガラガラと音がする戸を開けると、六畳くらいの広さを取った三和土に磨き抜かれて光る檜の上がり框が正面に構える。 框の先には、大判の掛け軸が壁に掛けられており、そこに描かれた扇子を持って舞う見事な芸者が、客人を出迎えているようだった。 高名な画家の手による物らしいけれど、よくは知らない。  お三味線の音と長唄の声に混じって母の激が聞こえ、わたしは思わず背筋を伸ばした。  母は、日舞の先生。 芸者で日舞の名取だった祖母が花柳界から身を引いた後某名門流派の師範となって居宅で教室を開き、娘である母がその権利を世襲。 お教室兼居宅であるこの家は、毎日大勢のお弟子さんが出入りする世界が出来上がっていた。  父はわたしが生まれて直ぐに亡くなっており、顔も知らない。 母自身、私生児で父は無く、この家には男の気配というものがあまりない。 今となっては、翠川家は母と私、そして出戻りの姉とその娘、という完全なる女系家族となっていた。
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