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よくぞグレもせず真面目にここまで育ってきたかと思う。
――ああでも、16で家を飛び出して、大きくなってしまったお腹抱えて帰って来たお姉ちゃんは〝真面目〟とは言えないわね。
母はどんな期待を持って娘と孫を育てて来たのか知らないけれど、皮肉なことに、娘と孫の三人の中で名取となった者は一人もいない。
その事を母自身嘆いているようだけど、わたしの知った事ではない。
「たまに早く帰るとこれなんだから。
菊乃姉にも今日はお稽古させるっておばあちゃん張り切ってたわ」
「勘弁して欲しいわ」
そう答えた時。
「菊乃! 帰ったの?
帰っているんだったら、着替えてこちらに来なさい!
綾乃! 逃げられると思いなさんな!」
奥の稽古場から母の高い声が聞こえた。
「やっば、逃げたのバレた!
じゃあ菊乃姉も直ぐに着替えて来てよ!」
綾乃ちゃんは肩を竦めると、居間の座卓の上に出ていたお煎餅をくわえてパタパタと廊下を走って行った。
わたしはその後姿を見送ってため息を吐く。
今日は、逃げられそうにない。
「菊乃、お扇子が下がってるわよ! その腰は何!」
母の声が総檜造りのお稽古場に響き渡る。
踊りの舞台から見える、稽古場の真ん中に正座してどんと構える母。
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