106人が本棚に入れています
本棚に追加
でもわたしは知ってる。
麗しい貴公子のような仮面の下の素顔――、
じゃあ、と会釈をした玲さんがドアに手を掛けるとこのみさんはわたしの背中をポンッと叩いた。
「ほら、菊乃ちゃん、下までお見送りしなさい。
都心からこんな郊外まで遠路はるばる来てくださったんだから」
背中を押され、わたしは玲さんと廊下に出た。
遠路はるばるって、このみさん……。
わたし、苦笑いしてしまう。
立川って都心から見たらそんな距離?
玲さん、クックと笑っていた。
「賑やかで居心地の良さそうな事務所だ。
菊乃には合っているのか」
ドキリとする。
その言葉に隠された意、汲み取らなければいけないだろうか。
エレベーターホールまで続く廊下。
わたしと先生の足音が、コンクリの壁に反響していた。
コツコツという硬い音が強張っていくわたしの心にリンクする。
「ええ、わたしは自分に合う場所を見つけたんだわ」
精一杯の答えだった。
玲さんはそれ以上何も言わなかった。
最初のコメントを投稿しよう!