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高校から帰ろうとしたら雨に降られた。
傘は持っていなかった。
高校から駅まではけっこう歩く。だからコンビニに立ち寄ってビニールの傘を買おうとしたら売り切れていた。ちょっと高めの傘は売っていたが、受験に備えてバイトのシフトを減らしている高校三年生の身分では、なかなかに厳しい買い物だ。
バスで帰ろうと思った。
普段は電車で通っている。そっちの方がスムーズに帰れる。バスは乗り換えもあって時間が掛るのだけれど……、
駅まで濡れるくらいなら、バスに乗ろう。
そう思ってバスに乗った。
右側の後ろから二番目の席に、柾怜美が乗っていた。
目が合った瞬間、足が止まる。
向こうは僕に気づいてだろう。すぐに目を伏せた。
僕も目を逸らして、バスに乗り込む。
席を探すと、怜美の通路を挟んで隣の席だけが空いていた。
怜美の前を通る時に、ひょっとしたら挨拶をされるかもしれないとか思ったりもしたが、そんなことはない。
怜美は僕の存在から遠く離れて、ただ、窓を眺めている。
僕は静かに席に座った。
スマホを取り出して、イヤホンをセットする。音楽を聞いていれば、半ば世界から切り離されたような感覚でいることができる。
やがてバスは走り出して……、
僕と怜美は、お互いが別々の窓を眺めてバスに揺られていた。
チラリとだけ隣を見る。
怜美は窓の方を見ているばかりだ。
雨に濡れたストレートヘアー。
懐かしくなりそうで、僕は顔を窓の方に戻した。
……今日、怜美はバイトに入っているとばかり、そういう曜日だとばかり思っていたのに……。
久々に乗ったバスの中は酷い湿気で、まるで人の体温とは真逆のような、雨降りの空気の感触があった。
青色の匂いがする。
湿度に曇った車窓の向こう側で、雨粒が弾け飛ぶ。
イヤホンから流れる音楽に合わせて、まるでリズムを取っているような風に見えた。
……運が悪いな……。
僕は今日の運勢とかジンクスとか、そういうモノは信じない性質だけれど、その日ばかりはさすがにそう思った。
悪いことがこれだけ続けばそう思いたくもなる。
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