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蓉子先生の問いかけにわたしは「はい」と掠れる声を絞り出すしか出来なかった。
蓉子先生は盛大なため息と共にタバコの煙を吐き出した。
「その男、あれよね、一時、法廷の悪魔と呼ばれて怖れられた男よね」
〝法廷の悪魔〟。
それは、敏腕だけれど冷酷非情、そんな玲さんを揶揄した言い方だった。
わたしはそんな玲さんの傍にずっといた。
ずっと見て来た。
「はい、そうです。
これが、彼のやり方です……」
だから、知ってる。
「そのようね。
とんでもない額を吹っ掛けて、こちらを折れさせるつもりか……」
そう。
玲さんのやり方に、優しさも思いやりもない。
「かなりヤバい男が相手方に付いたわね」
少し前にわたしの胸を一杯にしていた雪解けの春にも似た気持ちを暗転させる。
一気に極寒の地に引き戻させる破壊力を持った、目の前の現実。
わたしは茫然と書類を見つめていた。
蓉子先生はもくもくと漂う煙を手で掃いながら言葉を継いだ。
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