カルテ9 深大寺

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 不安と落ち着かなさが、じわじわと心を覆い始める。 そんなわたしの気持ちなんて、知ってか知らずか、ゆっくりと歩く緒方君は言った。 「そうだね、恋愛に所縁のある場所と言われているよね。 恋愛小説でもここを取り上げているものがいくつか」  わたしは、ああ、と思い出す。 忘れられない小説があった。 「松本清張の〝波の塔〟は衝撃的だったわ」 「ああ、それなら僕も読んだ」  悲恋の序章がここから始まる。恋人達の逢瀬の場所。 信じがたい結末に、涙した。  あの物語が今、読んだ時のように脳裏に再生されて黙り込んでしまったわたしを緒方君は何も言わずにそっとしておいてくれた。 静かに並んで歩きながら。  共有できる感覚が緒方君にはあるって、思った。 わたしにはこの人が必要、っていう想いが何処からともなくフワッと心の中に舞い降りた。 「緒方君、あの物語の恋の終わりは、納得できた?」  わたしは半歩くらい前を歩き、緒方君の顔を見ないで聞いた。 緒方君は、そうだなぁ、と少し考える風にゆっくり話す。 「あれは、ヒロインが大人過ぎたのかな。 凛としていて賢くて、自分の業に、恋人を巻き込みたくは無かった。 ある意味、自立した女性だったんだろうね」
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