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深大寺の名物ともいえる手打ちのお蕎麦、それに季節の天ぷらがセットになったものを頼むと、着物姿の店員さんは「お蕎麦を茹で、天ぷらを揚げるのに少々お時間いただきますので」と断りを入れて下がって行った。
わたし達の周りは、急に静かになった。
開け放たれた窓から、新緑の香りを含む風が吹き込み、気持ちを落ち着かせてくれる。
窓の外に拡がる見事な庭園を眺めていると、緒方君が静かに言った。
「少し、落ち着いた?」
え、と顔を上げると、緒方君は窓の外を眺めていた。
鼻筋の通った綺麗な横顔に、胸が波打つ。
そうだった。今日こうして緒方君とデートできているのは、昨日色んなことがあったから。
緒方君に会って、わたしの乱れていた心が不思議と落ち着きを取り戻していたから、なんとなくそのまま流れて来てしまったけれど、緒方君はずっと気に留めていてくれたんだ。
何があったの、とは聞かないのね。
でも緒方君からは、話したいのなら、話してごらん、という優しいオーラが感じられて、そのオーラがわたしを包む。
話してしまおうか、でも、わたしはこのまま緒方君に甘えていいの?
自問自答、してしまう。
「うん、もう、きっと大丈夫。ちゃんと頑張れ――」
そうよ、玲さんがあんなことを言おうと、わたしは、わたしのクライアントを守ることに集中するだけ。
玲さんは、関係ない、そう考えようとした時、蘇って来た記憶に言葉が出て来なくなった。
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