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わたしは込み上げてくる諸々の感情を押し込めようと、うつ向いて唇と結んだ。
「僕ね」
不意に、緒方君が話し始めた。
わたしが顔を上げると、いつの間にか視線を窓からこちらに移していた緒方君と目が合った。
柔らかな笑みが、胸を打つ。
わたしは緒方君の続く言葉を待った。
「今まで知っていた翠川さんは、翠川さんという女性のほんの一部分だったんだな、って思ったんだ」
わたしは思わず、え? と聞き返した。
緒方君の言葉はなんだか抽象的で、消化し切れなかった。
緒方君は静かに続ける。
「僕の知っていた翠川さんは、すごく強くて弱いところなんて決して人に見せない、頑張り屋の女性。
しっかりと地に足付けて生きてますってオーラを出してた。
僕自身、翠川さんとはそれほど話したりもしなかったから、それが翠川さんの全てと思っていたんだ。
実際、遼太からもそう聞いてた。
頭が良くてかしこくてそれでいて性格もいい、あんな子はそうそうない、って。
まあ、褒めちぎってた」
「やだな、もう……」
笑いながら話す緒方君にわたしは思わず苦笑いしてしまう。
なんと切り返していいか分からない。
それは、いつの頃の話だろう、と複雑な気持ちになってくる。
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