カルテ9 深大寺

16/29
前へ
/29ページ
次へ
 ここであえて遼太の名前を出した意図は何だろう、なんて考えてしまう。  困った顔のまま黙ってしまったわたしに緒方君は「でも」と言葉を継いだ。 「翠川さんは実はとてもチャーミングで、ちょっとだけ強がりな女性だった」  ドキン、とした。 〝可愛い女性〟とは微妙に違うニュアンスが感じられる〝チャーミングな女性〟。 そんな事を言われたのは勿論初めてだった。 そして、〝強がり〟という言葉に一杯に張っていた糸のような気持ちが、フッと弛んだ。  どうして、そんなことまで言い当てるの。 わたしは、独りでも頑張れるって思っていたのに。 「君は普段は誰かの為に一生懸命奔走してるんだ。 だから、たまには立ち止って泣きたい時はたくさん泣いていいんだよ。 思い切り泣けば、きっとまた走り出せるから、頑張れるから」  そんなに、優しくしないで。  緒方君の優しさは、どんな意味があるの? 精神科医として? それとも――、  込み上げて来そうな涙を、全身に力を入れて堪えながらわたしは掠れた声を絞り出した。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

92人が本棚に入れています
本棚に追加