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「ありがとう……ありがとう……」
一人で突っ走って行く、そんな覚悟は出来ていた。
仕事を犠牲にする結婚なんて、いらないって思ったの。
玲さんに別れを告げた時、わたしは一人で出来る、って男になんて頼らない、って決めたの。
祖母と母を見て育ったわたしには、女一人で生きていく事になんの躊躇いも無かったから。
そして、それ以上に働きたかったの。
このままずっとこの仕事を、誰かの為に、これから出会って行くであろう色んな人の為の仕事を、続けたかったの。
でも、突っ張ったままの人間は、いつかポキッと折れて――。
わたしの頭にフワッと柔らかな手の感触があった。
顔を上げると、向いに座る緒方君はわたしの方へ手を伸ばして、頭を撫でてくれていた。
「仕事で、何かあった?」
澄んだ、綺麗な瞳がわたしを見つめる。
言葉も声も、春の木漏れ日のよう。
わたしは小さく頷いた。
「わたしの前に、壁が、冷たい現実が、立ちはだかって、身動きが取れなくなりそうで、怖くなったの」
昔の恋人が、という話しは出来なかった。
今緒方君には、これしか言えない。
でも緒方君は静かに、黙って聞いてくれていた。
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