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恵果さんの腕を掴んだまま、わたしは低く静かに言った。
恵果さんはわたしの迫力に押されたらしく、「は……はい……」と黙り込んでしまった。
カーテンのこちら側の密やかなる攻防は、あちら側には伝わっていないようだった。
変わらず、静かに話しが続いていた。
「では、その頃の近藤さんは、鬱の時の落ち込みとは反対に、自身が今はなんでも出来るような気持ちの盛り上がりがあり、それが次第に感情のコントロールを難しくしていった、ということになりますね」
「はい……」
聞こえてくる会話に耳を澄ましているうちに、恵果さんの表情が硬くなる。
そして、小さく、呟くように言った。
「そうなんです……別人みたいになったんです……」
わたしは黙って恵果さんを見つめていた。
カーテンの向こうから、蓮さんの言葉が聞こえた。
「両親が、多重人格を疑って……でも、僕はそんな筈はないって。でも心配だから、しばらく行っていなかった心療内科に行って来いって言われて――」
時折、緒方君が絶妙のタイミングで頷き、促す様子が伝わってくる。
多重人格、という言葉を耳にした時、恵果さんがビクッと震えた。
わたしは握ったままだった手をそっと撫でた。
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