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しまった、と思ったけれど、電話の向こうからは、ハハハという余裕の笑い声がした。
「なんだ、とはご挨拶だな、菊乃。
夕べ、介抱したのは僕だよ」
「いいえ、最後まで介抱してくれたのは、蓉子先生だわ」
「それは君が拒否したからだろう。
君は、どちらも選ばなかったのだから」
相変わらず、可愛くないことこの上ないわたしに玲さんはあくまで余裕な構えで答えてくれる。
昔からそうだった。
心の中で、ありがとう玲さん、と呟いてみたけれど、
「夕べは、ごめんなさい」
口を突いて出たのはそんな言葉だった。
電話口で玲さんが、フッと優しく笑う気配を感じた。
「いいんだよ」
そんなに、優しくしないで。
揺れる心が、苦しくなるから。
カーテン越しのセミの声を聞きながら、少し黙っていると玲さんが静かに言った。
「菊乃、これから、出て来られないか。
ゆっくり話しがしたいんだ」
「玲さん……」
「酒抜きで」
「やだ、もう」
ハハハと明るく笑う玲さんの声が耳に届いて、ドキッとした。
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